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第九十六話 理玖side 切り札

Author: 白蛇
last update publish date: 2026-10-30 17:02:11

 理玖りくのスマートフォンに表示されていたのは、白川紗夜さよの名前だった。

「黒瀬です」

『会見、見たわ』

「そうか」

 しばらく紗夜は何も言わなかった。

『……多少は申し訳ないことをしたと思ってるのよ』

「なんの話だ?」

『今、間違えてあなた宛てにメールを送ってしまったの。保存するなり、削除するなり、好きにしてくれて構わないわ』

 紗夜はそれだけを言い残して一方的に通話を切った。

 理玖はすぐにメールフォルダを開いた。

 紗夜から送られてきたメールを確認する。

 タイトルも本文もないメールには、いくつかのやりとりの履歴ファイルだけが添付されていた。

 その一つを開く。

 日付は、堂島尊たけるが紗夜を連れてKWSを訪れる数日前だった。

『近いうちに、KWSを買収する計画がある。君達に損はさせない。手を組まないか?』

『どういうこと?』

『俺は、KWS社長
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     理玖のスマートフォンに表示されていたのは、白川紗夜の名前だった。「黒瀬です」『会見、見たわ』「そうか」 しばらく紗夜は何も言わなかった。『……多少は申し訳ないことをしたと思ってるのよ』「なんの話だ?」『今、間違えてあなた宛てにメールを送ってしまったの。保存するなり、削除するなり、好きにしてくれて構わないわ』 紗夜はそれだけを言い残して一方的に通話を切った。 理玖はすぐにメールフォルダを開いた。 紗夜から送られてきたメールを確認する。 タイトルも本文もないメールには、いくつかのやりとりの履歴ファイルだけが添付されていた。 その一つを開く。 日付は、堂島尊が紗夜を連れてKWSを訪れる数日前だった。『近いうちに、KWSを買収する計画がある。君達に損はさせない。手を組まないか?』『どういうこと?』『俺は、KWS社長の不祥事を握っている』『それで? うちに何をしろって?』『何もしなくていい。KWSに君達を紹介する。あとは契約を進めてくれればいい』 次のファイル。『あんたのとこの山下って男、まさか何かしたんじゃないでしょうね』『余計なことまでしたなら俺は知らん』『余計なことって何よ』『俺が頼んだのは、KWSの信用を落とすところまでだ。白川に実害を出せとは言ってない』『何させたっていうのよ? お陰でこっちは復旧作業で大損だわ』『君が知る必要はない』 日付を見ると、白川のシステムが復旧した翌朝だった。 そして、三つ目。『KWS買収の話、私たちも乗せなさいよ。損失分補填させてもらうわ』『勝手なことするな。全て終わったら、損失分は補填させてやる』 四つ目は、堂島尊の名刺の画像データだった。 余白には整った字で携帯電話番号が書き込まれている。 理玖が目を見開く。「…&hellip

  • 冷酷CEOは没落した初恋相手を逃がさない~8年越しの誤解から始まる、愛憎の契約結婚~   第九十五話 理玖side 覚悟

     凜の病室を出た理玖は、ナースステーションの前を通りかかった。 ふと足が止まる。――凜がまたどこかに行ってしまわないよう、見張ってもらうか? そんな考えが頭を過った。 一瞬立ち竦み、頭を小さく振る。――俺は何を疑ってるんだ。――凜は『約束する』って言ってくれただろうが。 再び歩き出して、病院を出た。 車に乗り込んだところで、どっと疲れが押し寄せてきた。 シートの背もたれに体重を預けて、大きく息を吐き出す。 フロントガラスから差し込む太陽の光が目に沁みる。――そうだ、高遠に連絡しないとな。 スマートフォンを取り出し、着信履歴から希美に折り返す。 数コールが鳴って、希美が出た。『社長、奥様は見付かりましたか?』「ああ、お陰様で見付けられた。しばらく入院することになりそうだが……」『それなら良かったです』 希美の声に、疲労が滲んでいるように聞こえた。「株の件はどうなった」『……非常にまずい状況です』「買いが止まらないってことか?」『そうです。ただ、買いを入れている口座の一部が分かりました』「誰だ?」『堂島電気株式会社です』「なんだと……?」――堂島尊。 凜と結婚してから、何かある度にその名前が付き纏っている気がする。 パーティー。 白川ホールディングスとの橋渡し。 そして今回。――本当にただの偶然か?「売りが増えた理由は分かっているのか?」『……恐らくですが、社長の奥様の件です。あのアカウントの投稿が影響しています』 理玖は顎を手で押さえて考え込んだ。――流石にタイミングが良すぎないか? 白川の件が片付いた直後に、今度は凜の過去。

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    ――全部、理玖に知られた?――八年前のことも、あの子のことも……?――それなのに、どうして……。 溢れ出てくる涙の理由が、自分でも分からなかった。「うち、理玖の傍におったら、迷惑かけてまうから……」「何言ってるんだ……。夫婦だろ、俺達」 理玖の声はひどく掠れていた。「うちが、ずっと隠してたから……」 きちんと話そうと思うのに、嗚咽が混じって言葉が続かない。 理玖がゆっくりと首を振った。「俺が聞かなかったからだ。お前は俺のこと聞いてくれたのにな」 二人の間に沈黙が漂った。 凜は手で目元を拭う。「どこまで聞いたん……?」 理玖は一度口を開きかけて、閉じた。 ゆっくりと目を閉じて話し始める。「堂島尊との婚約、凜の義母。それから……俺達の子のことも」――ほんまに全部や……。 凜は俯いて、シーツを握る自分の手を見つめる。「……そっか」 何を言えばいいか分からなかった。「凜」 理玖の呼び掛けに、視線だけを上げる。「Estrellaで再会してからも、俺はお前を何度も傷つけた。八年前の事情を知らなかったからって、許されることじゃない」「そんな……理玖が悪いわけちゃう」「それでも、言ってはいけないことを言った」 理玖は視線を落とした。 凜はそっと手を伸ばす。 指先が肩に触れたところで、理玖のシャツが湿りを帯びていることに気付いた。――ずっと探してくれたんや……。「あのね、理玖。最初、辛くなかったって言ったら嘘になるけど&hel

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     車のサイドウインドウをノックされる音で、理玖は目を覚ました。「あのー、そこで寝られると困るんですけど」 コンビニのスタッフが眉を顰めて立っていた。 理玖は跳ねるように身体を起こす。「すまなかった。すぐに移動する」 エンジンをかけ、コンビニの駐車場を出る。 フロントガラスの向こうは、昨夜とは別の街のように明るかった。――寝すぎた……! コンソールパネルに表示された時刻を見ると、九時半を回っていた。 歩道に視線を配りながらも、津久井浜駅を目指す。 しばらく進んだところで、スマートフォンが鳴った。 理玖はハンズフリー通話のボタンを押す。『社長、大変です』 希美の声が車内に響いた。「今運転中だ。後にしてくれ」『KWS株に、異常な買いが入っています』「……何?」『市場が開いてから、まとまった買い注文が続いています』「誰が買ってる」『まだ分かりません』「どのくらいだ」『通常の出来高じゃありません。一度戻ってください』 凜と会社。 理玖は奥歯を噛み締めた。――だが、俺は『もう二度と手放さない』と誓っただろうが……。「勝手を言ってるのは分かってる。だから、高遠。……頼む」 一拍、沈黙が落ちた。 そして、小さく息を吐く音が聞こえた。『早く終わらせて帰ってきてください。一つ貸しですよ』 希美が通話を切った。「……助かる」 零れた言葉が、ロードノイズに掻き消える。 アクセルを踏む足に力が籠もる。 津久井浜駅前に着いた時、時刻は十時に迫っていた。 理玖は車を降りるなり、施錠を確かめることもせずに駆け出した。 コンビニに入り、店員に事情を話す。

  • 冷酷CEOは没落した初恋相手を逃がさない~8年越しの誤解から始まる、愛憎の契約結婚~   第九十二話 理玖side 夜明けまで

     理玖が津久井浜に着いた時には、午前二時を回っていた。 駅前の駐車場に車を停め、駅に駆けた。 人通りはなく、いくつかの街灯が点っているだけ。「凜!」 駅舎に向かって叫んでも、返ってくるのは反響した自分の声だった。 理玖はスマートフォンで津久井浜駅周辺の地図を表示する。――コンビニ……。 駅からほど近いコンビニなら、何かを買っているかもしれない。 そう思い立ち、理玖は走り出した。 店内に客の姿はなく、アルバイトらしき店員が商品棚をぼんやりと眺めていた。「すいません。妻を探しているんだが」 スマートフォンを取り出したところで、凜の写真を持っていないことを思い出した。 服装や髪型、背格好。思いつく限りの特徴を伝えたが、店員は「見てないです」と首を振るだけだった。「他に、今営業している店はないですか?」 店員はわずかに考えて、「ないですね」と返す。「分かりました。ありがとうございます」 理玖はコンビニを飛び出し、海の方へ駆け出していった。――なんでこんな場所に。 そう問いかけるほど、嫌な想像が胸の中で渦を巻く。 そのたびに、菜央が凜から受け取ったというメッセージを思い出す。『治療費は絶対なんとかするから』――だったら、死ぬつもりじゃない。――そうだろ、凜。 細い路地を抜けると、堤防が見えてきた。「凜!」 深夜であることなんて考える余裕はなかった。 スマートフォンのライトを頼りに波打ち際へ寄る。 どれだけ目を凝らして周囲を見渡しても、ただ暗闇が広がっている。 理玖は波打ち際に沿って歩き出した。 やがて足元が砂に変わった。だが、どれだけ歩いても人影は見えない。 革靴に湿った砂が入り込み、擦れた踵が痛みだす。「凜……」 何度も名前を叫んだ喉が|枯《か

  • 冷酷CEOは没落した初恋相手を逃がさない~8年越しの誤解から始まる、愛憎の契約結婚~   第九十一話 理玖side 知らなかった真実

     希美への通話を切った後、菜央から着信が入っていたことに気付いた。 時刻を確認する。 菜央との通話を終えて凜のバイト先の店長と話している頃だった。 すぐに折り返す。 二回コール音が鳴り、菜央が出た。「何か分かったのか」『ちゃうわ!』 スピーカーから響いた菜央の怒号に、一瞬スマートフォンを取り落としそうになる。「……何を怒ってるんだ」『凜が出ていったのって、あのアカウントの投稿が関係してるんやろ』「……恐らく」『恐らく? あんた、うちが凜と最後に電話した時、あの子なんて言ったか分かってんのか!』「なんと言ったんだ……?」『理玖が何とかしてくれるって言ってるから大丈夫って、そう言ったんやで!?』 返す言葉が出なかった。『それで安心したうちが馬鹿やったわ』「……すまない」 沈黙が流れる。 やがて、嗚咽を堪えるような声が聞こえてきた。「……菜央、凜が行きそうな場所に心当たりがあれば教えてほしい」『あの子がどうやって、どんな思いで東京に来たか知ってる?』「堂島との結婚式を蹴って、逃げてきたって。菜央に手伝ってもらったとも聞いた」『……それだけか?』「ああ」『なんで堂島の婚約を受けたか、聞いてすらないんか?』「……ああ」 スピーカーの向こうで、菜央が奥歯を噛み締めるような音がした。『あんた、凜と結婚して、これまで何してたんや』「凜が生活に苦労していることを知った。だから、俺にできることはしてきた――」『だから過去なんてどうでもいいって!? なんであの子が堂島なんかの婚約受けたと思って……』 菜央の最後の言葉は、嗚咽に混じって消えた。

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